「北鎌フランス語講座 - ことわざ編」では、フランス語の諺の文法や単語の意味、歴史的由来などを詳しく解説します。

『1932年の大日本帝国』に出てくる諺

『1932年の大日本帝国』に出てくる諺

ことわざ学会会報「たとえ艸」第92号(2020年12月12日発行)に掲載した小さな記事を転載します。

玉となって砕けん

 最近、昭和7年(1932年)に来日したフランス人女性アンドレ・ヴィオリスの『1932年の大日本帝国』(草思社、2020年10月刊)という本を訳す機会に恵まれたが、重要な場面で日本のことわざが出てくるので、ご紹介したい。
 ヴィオリスは名の知れたジャーナリスト兼ルポルタージュ作家で、昭和6年の満洲事変で日本が独自路線を歩みはじめた翌年、政治的・軍事的に「日本はどこへむかうのか」を取材するために来日した。この本の末尾で、このまま日本が戦争へと突き進んだ場合、もし敗北したら日本人は全員「ハラキリ」させられるのではないかとヴィオリスから懸念を表明された或る日本人は、
 「わかってます。でも、ご存じでしょう、『辱められてつまらぬ生き方をするよりは死んだほうがましだ』というわれわれ古来の価値観を……。」
と答えている。問題は、この二重鍵かっこの部分だ。「古来の価値観」というからには、なにか日本のことわざのはずであり、事実「……するよりは……したほうがましだ」というのはフランス語のことわざでよく用いられる表現の一つである。ことわざ学会の末席を汚す者として、この言葉の正体がわからないのは恥ずかしいことだと思っていたところ、たまたま鈴木貫太郎の『終戰の表情』という小冊子を手にとり、戦争末期に日本が壊滅的な被害を受けてもなお一部の人たちは「瓦となって完(まった)からんよりは玉となって砕けん」と叫んで本土決戦を主張している、と書かれているのを読んで、これだと思いあたった。「玉砕」という言葉のもとになったことわざだが、おそらく瓦や玉の比喩がフランス人には通じにくいので、上のように説明的に意訳したのだろう。
 一般に、外国で「日本のことわざ」として紹介されているもののなかには、大幅に意訳されているために、もとの日本語がわからず困惑させられる場合が少なくない。フランス語だと、ロベールの諺辞典 Dictionnaire de proverbes et dictons にそうしたことわざが散見されるが、こうした「日本のことわざ」のもとの姿を特定する作業も、日本人ことわざ研究者に期待される課題の一つなのかもしれない。














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